ビーチクリーン作戦行います(網野町)

山陰海岸ジオパークは『世界ジオパークネットワーク』に加盟しました。 大切な自然環境を守るための取り組みも必要になってきます。
3月~11月の毎月1日に行われている『ビーチクリーン作戦』は、八丁浜のゴミ拾いを通じて大切な海の自然を守る取り組みです。
誰でも参加することができます。 一人でも多くの方の参加をお願いします。
ゴミ拾いをするので、動きやすい服装とゴム手袋を持ってご参加下さい。
開催日時
■3月~11月の毎月1日 ※雨天の場合は、翌日に実施。 9:00~11:00(3月~5月、10月・11月) 8:00~10:00(6月~9月)
■平成23年3月1日(火) 9:00~
集合場所
嶋児神社(網野町)、地図主催・お問い合わせ
NPO法人・全国まちづくりサポートセンター 丹後支所(0772-75-0379)2011 年 2 月 7 日
カテゴリー:京丹後かわら版
京丹後七姫伝説~乙姫
乙姫(おとひめ)
~龍宮の姫~
網野町は、「丹後国風土記」に伝えられる浦島太郎伝説の地です。浦島太郎は後世につけられた名前で、風土記では水江浦嶋子(みずのえのうらしまこ)となっており、この嶋子をまつる神社が網野町浅茂川の海岸に鎮座する嶋児神社です。また、嶋児神社から左遠方に見える福島は、浦島太郎と乙姫がはじめて出会った場所といわれ、ここには乙姫をまつる福島神社があります。
嶋子が釣った魚を放していたとされる潮溜まり「釣溜」や、嶋子が投げつけた顔のしわが樹皮にはりついたとされる「しわ榎」もこの近くにあります。
嶋児神社(KTR『網野』より、丹海バス『日吉橋』下車、徒歩約数分)、地図

2011 年 1 月 10 日
カテゴリー:京丹後七姫伝説
ジオパーク巡り②~ジオサイトと歴史・伝統を訪ねる旅
京丹後市内を巡る観光コース。第1弾は、平成22年に『世界ジオパークネットワーク』に加盟した『山陰海岸ジオパーク』の景観を楽しむドライブコース。山・海・温泉に加え、歴史や伝統文化にふれあいながら旅をするルート。
各名所をいっそう楽しめる観光ガイドもご一緒にいかがですか。ご希望の方やお問い合わせは、道の駅・てんきてんき丹後(0772-75-2525)まで。
■所要時間 : 約1時間半(移動時間のみ・経ヶ岬灯台まで)
出発・峰山駅
①郷村断層
②琴引浜
③霧降りの滝
④夕日ヶ浦
⑤静神社・静御前生誕の地
⑥八丁浜
⑦アミティ丹後
⑧遊絲舎
クリックすると拡大できます。
- 出発・峰山駅・地図
- 旧峰山藩の城下町。近くには、峰山藩主の京極氏が讃岐の金比羅神社を勧進した『金刀比羅神社』がある。
- ①郷村断層・地図
- 昭和2(1927)年に近畿北部を襲った地震によって生じた断層が今も残る場所。直線の道路が横ずれによってゆがんでいる様子を確認できる。
- ②琴引浜・地図
踏めばキュッキュと音の鳴る『鳴き砂』の浜。少し西に方へ歩くとドンドンとなる『太鼓浜』もある。砂が湿っているときには、砂が鳴きません。そんな時は近くの『琴引浜鳴き砂文化館』へ。鳴き砂体験に加え、貝殻を使った万華鏡やキャンドル作りの体験も可能(要予約・琴引浜鳴き砂文化館0772-72-5511)
ビーチでの喫煙・ゴミのポイ捨て全面禁止。鳴き砂の海岸維持のため、ご協力を。
- ⑤静神社・静御前生誕の地・地図
- 源義経の愛妾・静御前の生まれた地。
- ⑥八丁浜・地図
長さがおおよそ八丁(町)=約900mある事から名付けられた。大きな湾になっており、子ども連れでも安心して海水浴を楽しむことができる。『八丁浜シーサイドパーク』には遊具もあり、季節を問わず楽しむ事ができる。海水浴シーズン以外は駐車無料。
近くには浅茂川漁港や浦島伝説に由来した『嶋児神社』がある。
日帰り温泉『浅茂川温泉 静の里』に入れば静御前のような美人になれるかも。
- ⑦アミティ丹後
- 丹後地域の地場産品の購入できる店。染色の体験も可能。
- ⑧遊絲舎

藤の蔦を使った『藤布』製品を扱っている。藤織りを用いた簡単な小物作り体験も可能(要予約・0772-72-2677)。
浦嶋伝説
昔、銚子山古墳の地続きに日下部氏の屋敷がありました。 日下部曽却善次夫婦には子どもがなく、子宝に恵まれたいと百日祈願をしていました。 満願の夜、夫婦は不思議に同じ夢を見ました。 神から「ふたりの願いを聞き届けよう。明朝、福島へ来い」とのお告げです。 翌朝、出かけると赤子が置かれており、夫婦は「嶋子」と名付け大切に育てました。
釣り好きの若者に成長した嶋子は、澄の江での漁の時は釣った魚を一旦磯の「釣溜(つんだめ)」にビクのまま浸けておいたといいます。 ある日、嶋子は福島で大変美しい娘に出会いました。 乙姫様でした。 ふたりは夫婦の約束をし、小舟で竜宮城へ行きました。 手厚いもてなしを受け3年の月日が経ちました。 嶋子は故郷が恋しくなり、帰ることになりました。 乙姫様が「お別れに手箱を差し上げます。 再びお出でくださるお気持ちがあるなら、決して中をお開けなさいますな」と美しい玉くしげ(玉手箱)を渡しました。 嶋子は懐かしい万畳浜へ帰って来ました。 ところが屋敷に着いてみると雑草が茂って一面の荒野原に…。 竜宮城での1年は、人間界の何十年にもなっていたのです。 嶋子は悲しみ、途方にくれました。 その時、玉くしげのことを思い出し、これで数百年の昔に戻れるのではと箱の蓋を開けました。 すると中から白い煙りが立ち上り、嶋子はしわだらけのお爺さんに。 驚いた嶋子は思わず自分の頬のしわをちぎって榎に投げつけました。
その後、嶋子がどうなったかはわかりません。 ただ、しわを投げつけたという一本榎は「しわ榎」といわれ、今も日本海を渡って来る浜風に枝葉をゆるがせて立っています。
網野町は「丹後国風土記(ふどき)」に伝えられる浦島太郎伝説の地でもあります。 浦島太郎は、後世につたえられた名前で、風土記では水江浦嶋子(みずのえのうらしまのこ)となっており、この嶋子を祀る神社が浅茂川の海岸に鎮座する嶋児神社です。
浅茂川地区には随所に浦島太郎ゆかりの地があることから、「浦嶋太鼓」と名付けられ、水無月祭で海上安全と大漁を祈願して、太鼓をたたいたといわれています。 浦嶋太鼓は、現在も地区の有志により受け継がれています。
嶋児神社から右手に築かれた防波堤の先端の岩場に自然の岩で囲まれた潮溜(しおだま)りがあり、浦島太郎(浦嶋子)が釣った魚をここに放しておいたと伝えられています。
銚子山古墳の前方部付近にある榎の大木。 竜宮から帰った浦島太郎(浦嶋子)が、ここで玉くしげ(玉手箱)を開けて顔じゅうしわだらけになり、悲しみのあまりしわをちぎって投げつけると、樹皮がしわで凹凸になったと伝えられています。2009 年 9 月 27 日
カテゴリー:京丹後の伝説・民話
落差21mの滝。岩に当たる水しぶきが霧になって見える事から名付けられた。夏場には周囲の暑さを忘れてしまうひとときを過ごすことができる。











